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写本を読む

今、写本を読んでます。

 

まず、その文字に面食らい、慣れるまで時間を要しましたが、その文字を解読して、複数の写本と比較して、さらにチベット訳、漢訳とも比較して校訂テキストを作らねばなりません。私が読んでいる経典は今からおよそ100年前に、当時入手し得る写本を用いて作られた唯一の校訂テキストがありますが、その後にいくつもの写本が発見され、それらを参照した上での校訂本が求められています。思想を研究するにも、まずは正しいテキストを選定する作業をしなければならないわけです。

 

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写本には単純な誤記はもちろん、文法的におかしなところ、文字の判別が難しい部分も多くみられます。それらを吟味するということは、自分の能力が問われているのに等しいので、何か妙なプレッシャーを感じてしまう(笑)。それに仏教梵語の問題、韻律など、考慮すべき点が多いのも厄介なところ。一人で読むには限界がありますので、先生の指導を受けるべく、今月の土曜日は連続して京都の本学まで行ってました。

 

 写本といえば、最近はチベットに注目が集まっています。まだ眠っている、公開されていない貴重なものが多くあるようですので、早く見られるようになるといいですね。

 

A Unique Collection of Twenty Sutras in a Sanskrit Manuscript from the Potala (Sanskrit Texts from the Tibetan Autonoumous Region)

A Unique Collection of Twenty Sutras in a Sanskrit Manuscript from the Potala (Sanskrit Texts from the Tibetan Autonoumous Region)

 

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近代仏教といえば…

最近読んだ本としては、以下のものがあります。


入門 近代仏教思想 (ちくま新書)

入門 近代仏教思想 (ちくま新書)

明治になって西洋哲学が流入してきたときに、日本人がどのようにそれを受け入れたのか、そこが簡潔にまとめられていて、参考になりました。今とはまったく異なる受け入れ方、とりわけ『大乗起信論』によって、西洋哲学を受け入れたというのも何とも興味深いところです。


欧米列強の脅威に対抗しようとしてナショナリズムが起こったときに、西洋思想に対抗しうる思想として、その理論的な依り所に『起信論』が使われているというのは、前に触れましたが、面白いところです。

furuhon-ya.hatenablog.jp



時代時代によって、さまざまな受け取られ方がされているところも、まさに古典!という感じ。「原始仏教」という原理主義によれば、起信論は仏教にあらず!ということにもなりかねませんが(苦笑)、それだけ評価が分かれるのもまた古典の古典たる所以でしょう。


その『起信論』にも影響を受けた哲学者の一人、清沢満之の研究が最近では進んでいる感じです。岩波から新しい全集が出て以来、関連書籍も頻繁に出ているように思います。最近は以下の本を読みました。この本は、清沢を哲学者として捉えようとした最初の試みだと思います。なぜ、哲学者が清沢に興味を持ったのか?その辺からはじまってますが、清沢の哲学がヘーゲル哲学を土台にしていて、そこに仏教の縁起論を組み合わせ、存在論、自然哲学から人間学に至る壮大な構想を持っていたのがよく分かる内容になってます。


清沢満之の思想

清沢満之の思想




というわけで、手軽なこちらを買って、今読んでいるところです。

清沢満之集 (岩波文庫)

清沢満之集 (岩波文庫)



近刊としてはこちらもありますね。

清沢満之と近代日本

清沢満之と近代日本


西洋哲学一辺倒になるのではなく、仏教をはじめ東洋の思想的伝統をも参照し、それらを止揚しようとする試みがなされていた近代日本の思想状況に驚くとともに、非常に興味を惹かれます。もっとも、清沢の場合は、仏教を現代的に復活させようとして、西洋哲学を取り入れたという側面が強いのかもしれませんが…。


個人的には、今やってることが終わったら(or 頓挫したら 笑)、この辺をやってみたい気持ちがあります。一応、起信論を起点に、これまではインド方面に関心が向かっていましたが、それがひと段落付き次第、今度は近代日本哲学へシフトしたいです。

思えば12年…

ふと思いましたが、このブログを始めて、もう12年になるんですね。最近は更新頻度も落ちてきてますが…。


はじまりは、2004年でした。


2004年といえば、アテネ五輪東北楽天イーグルスの誕生など、もはや完全にひと昔前。


その時から比べると世の中も、古本業界も、そして何よりこの自分も、だいぶ変わった気がします。


情勢としては、

本が売れなくなった


それに尽きるかと思いますが(苦笑)、


一応何とか古本屋を続けられているだけ有難いというべきかと思ってます。


この先何年続けられるやら…。



途中休学3年など挟みはしたものの、12年かけて、通信の学部3年生に編入してから、博士後期課程までこぎつけました。


博士論文を書けるかどうかはともかくとして、残りはあと1年半というところです。それまでは、このブログも続けなければなるまいと(勝手に)決めていますが…。



私の前に入っていた方々は、皆、博士号を取得されてます。



自分だけ取り残された感が…(苦笑)。



あと1年半で何とか形にできるのか?といえば、


うーん、とならざるを得ないところがもどかしい(笑)。



そんなことはともかく、最近こちらの本を恵贈いただきました。


真っ赤な表紙というのも凄いですね。



冒頭、般若経の研究史があって、そこのところだけ読ませていただく。そのあとは、デルゲ版や北京版よりも古い内容を伝えるロンドン写本のテキストが相違点を含めて提示されてます。


その辺の事情は下記が参考になります。


www.academia.edu


庄司先生はこのたび印仏の学会賞を受賞されましたし、その博士論文が山喜房さんから刊行されてました。すごいことです!!



   八千頌般若経の形成史的研究
      
       庄司 史生 著
       2016年03月 刊
     12,000円(税抜)A5判

高崎先生の英文著作選集

先月末が〆切の大学院の紀要ですが、何とか書き上げました。これで論文は紀要1本、印仏研2本ということになります。履修要覧をめくってみますと、一応これで博士論文の提出要件はクリアされてることになりますが…。


印仏研は短いので、あと2本は書きたいところです。


さて、以前から聞いていて、注文するのを忘れていたこちらの本を思い出して注文しました。


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詳細は版元のこちらで確認できます。

印仏学会、ポスト平川彰時代の仏教学のゆくえ

こちらを更新するのはすごい久しぶりです!


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先日、9月3日・4日と、東大で印仏学会が開かれました。
3日は店を開けていたのですが、おかげさまでいろいろとお買い上げいただきました!毎年東大でやってくれないかなぁと、正直思ってしまいましたよ…(笑)。



ともかく、今回もいろいろと興味深いご発表が目白押しでした。


前にも書きました通り、2日目は、「インド仏教研究の未来―ポスト平川彰時代の仏教学のゆくえ」という大変興味深いパネル発表を聞いてました。


案の定、大講義室は満員で、立ち見の方々も出るほどの盛況ぶり。


その内容は、下記で取り上げられてます。


moroshigeki.hateblo.jp


その中のZimmermann先生は、日本以外のポスト平川時代の注目すべき諸研究を列挙されてましたので、一応メモがてらここにその一端を記しておきます。

まずは、入手が容易で、たまたま店にもあったSchmithausen先生のこちらの浩瀚な著作。読みたいと思って手元に置いてはいるものの、なかなか進まない(汗)。

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その他にもいろいろ。


The Inception of Yogacara-vijnanavada (Beitrage Zur Kultur- Und Geistesgeschichte Asiens)

The Inception of Yogacara-vijnanavada (Beitrage Zur Kultur- Und Geistesgeschichte Asiens)


Nagarjuna's Middle Way: Mulamadhyamakakarika (Classics of Indian Buddhism) (English Edition)

Nagarjuna's Middle Way: Mulamadhyamakakarika (Classics of Indian Buddhism) (English Edition)


  • Paul Harrison(ed.), Early Mahāyāna, Stanford Univ.pr.

https://www.equinoxpub.com/home/early-mahayana/


他にも、下記出版社のサイトに上がってるいくつかを紹介されてました。

https://www.buddhismuskunde.uni-hamburg.de/en/publikationen.html



さて、私の方はといえば、今回、発表の申し込みが不採択となってしまったものを、同じ内容で大学院紀要に載せようと、目下論文作成中です。今月末が〆切。


量的には印仏よりも、長くかけるので、書きやすいといえば書きやすいのですが…。


あと、その時、ある先生にこちらの本をご紹介いただいて、早速入手させていただきました!




もし、ご関心ある方は、まだ残部があるようですので、こちらで是非!

漱石とインド哲学

今年の印仏学会の案内が届きました。実は私も発表の申し込みをしたのですが、応募者多数ということで、叶いませんでした…。


今年のパネル発表、「インド仏教研究の未来―ポスト平川彰時代の仏教学のゆくえ」がやはり人気でしょうか。Zimmermann先生、佐々木先生、松田先生、下田先生の興味深い発表がありますね。



さて、自分の勉強の方は、近頃は専らこちらを読んでました。


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そんな折、その方面の研究者の方の蔵書が市場に出たので、おもわず買ってしまったり。しかも、インド本(苦笑)。

個人的には参考になることが多そう。(一応)整理が追いついてないという理由で、ストックしています^_^;

しかし、この分野、英語とドイツ語は必須ですね。


ついでに、ネットを検索していたら、こちらを発見し、買ってしまいました。結構珍しいんじゃないかと思いつつ…。

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ドイツ語を勉強しながら、読まなきゃなりませんな^_^;


サーンキヤといえば、こちらを前から読みたいと思っていたので、ついでに買ってしまいました。


漱石文学の思想 (第2部)

漱石文学の思想 (第2部)


漱石サーンキヤを読んでいたというのは、本当だとしたら驚くべきところです。一応、漢訳としては六世紀に真諦訳の『金七十論』が出てますし、江戸時代にはそれに対する註釈書も作られています。大学時代は井の哲こと、井上哲次郎の印度哲学史講義に出てはいたようで、ヴェーダの講義に関する聴講ノートも漱石文庫に保存されているんだとか。あとは、同僚に姉崎正治がいて、彼からいろいろ仕込まれたというのも大きいのかもしれませんね。それに、イギリス留学経験もある漱石なら洋書で何らかの本を読んでいた可能性もあるのでしょうか。『吾輩は猫である』の登場人物・八木独仙のモデルは、ドイツのインド学者ドイッセンであった!?という説もあります。姉崎は彼の弟子にあたるわけです*1


仏教思想だけでなく、インド哲学までも取り入れていた!というのは正直驚きますが、本書の最後を、今西先生は次のように結んでいます。

真摯な思索者は単に西洋の新しい文化の吸収のみに専念したのではなく、絶えず東洋の古典と突合せながら模索を続けていた。漱石作品の検討を通じてこの問題を少しでも解明するとともに、それによって東洋文化の現代的意義を再認識する機縁とすることが出来ればというのが、著者の念願である。

サーンキヤ頌については、こちらが読みやすいと思います。しかし、最近は新刊では品切れとなっているようですが…。それに、こちらの本の帯にも「漱石が憧れたサーンキヤ」とありますね…。



ともかく、『草枕』をじっくりと読んでみたい気になりました。いろいろな読み方が出来るんですねぇ。

*1:

漱石の『猫』とニーチェ―稀代の哲学者に震撼した近代日本の知性たち

漱石の『猫』とニーチェ―稀代の哲学者に震撼した近代日本の知性たち

古代日本にインド人は来ていたのか?

先日、たまたまこちらの本を見かけました。大野先生の一大論考です。

弥生文明と南インド

弥生文明と南インド

日本の弥生時代に、南インドの巨石文化が海上の道を通って日本にもたらされ、文化と一緒に言葉も入ってきて、それまで使っていた言語にタミル語という新しい言語が流入したことが説かれています。注目したいのは、単に言葉の類似だけでなく、食べ物から金属器、機織、お墓の形態など生活風習という点で共通するものが多いということと、その平行性がほぼ同時期に見られるというところです。日本語のタミル語起源説というのは、専門家からは批判されてるようですが、言葉が文明とともに伝播してきたというのは、説得力があるようにも思われます。


シルクロードというと、仏教伝播の影響からか、インドから中央アジア、中国経由の北方ルートばかりが注目されますが、インドから東南アジアを経由した南方ルートもあるぞというわけですね。稲作は揚子江下流あたりから伝来したようですし、沖縄方言(ウチナー口)の中にはサンスクリットが残っているというのも聞いたことがあります。また、逆さ日本図というのを見れば、日本がフィリピンあたりから続く環太平洋文化の一環であることも分かります。


記録上、初めて日本の地を踏んだインド人というと、奈良時代のボーディセーナ(Bodhisena 菩提遷那 704-760)になるようですが、彼とともに日本に来た僧がベトナム(林邑)出身の仏哲だったというのも注目すべきかと思います。実際に、義浄の『大唐西域求法高僧伝』なんかによれば、当時のベトナムの仏教者は東南アジア経由でインドに渡り修行をしていたようですし、唐代中国など周辺国との交流は盛んだったらしく、このことからも、当時の奈良時代に、南方ルート経由で間接的にインドと交流があっただろうことが分かります。何を隠そう、この仏哲こそが『悉曇章』という、密教教典であり、日本の五十音図を成立せしめた文献を持参し、悉曇の教育を行った人物らしいのです。


chamstudies.net



かつて上村先生は、天台本覚論の背景にバガヴァッド・ギーターがあると指摘されました。いわば、日本仏教の梵我一如化です。インドで仏教がヒンドゥー教に呑み込まれて消滅したのと時を同じくして、日本でも仏教はヒンドゥー教化してしまったとも言えるでしょうか。ここでも時を同じくして同じような現象が起きているというのは興味深いところではありますねぇ。