ガンダーラ 仏教文化の美と形 

松戸市立博物館で催されている特別展「ガンダーラ 仏教文化の美と形」に行ってきました。

 

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内容は、龍大はじめ国内にある、数々の所蔵品を集めて展示されていて、なかなか興味深いものでした。松戸市でもいくつか所蔵されてるんですね。なかには、撮影OKのところもあり、こちらの菩薩半跏像を記念に撮らせてもらいました。

 

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あとは、ブラーフミー文字サンスクリットで書かれた文字があるこちらの壷も展示されてました。「説一切有部」という名がはっきりと見えます。

 

 

その他、カローシュティー文字のガンダーラ語碑文(1世紀頃)はその頃にガンダーラ地域で、舎利供養が広まっていたことを示していますし、カニシカ王1世の金貨にはギリシア語で「ブッダ」、「弥勒」という文字があり、当時そこにいたギリシア人が仏教を信仰していたことを示しています。 なかなか興味深いものですよね。

 

 

今月の25日まで開催されてますので、お近くの方は是非そうぞ!実は私も店のお客様から教えていただきました。

 

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仏教論争

気づけばもう6月も終わりですねー。

 

印仏研には、去年に続いて発表の申し込みをしましたが、またも不採択でした…(^^;;というわけで、大学の紀要に申し込もうかと思ってます。

 

さて、最近読んだ本で面白かったのはこちら。

 

仏教論争 (ちくま新書)

仏教論争 (ちくま新書)

 

 縁起について論じられた、木村泰賢、和辻哲郎、宇井伯寿、赤沼智善らによる戦前の第一次論争、そして、戦後の三枝充悳、舟橋一哉、宮地廓慧らによる第二次論争について、その内容を丹念に追ってます。なかでも、第一次論争について、その論争の本質がこれまで通説的に理解されてきたポイントからは違うところにあるんじゃないかという点を明らかにしているところが面白かったです。

 

ざっくりいって、これまでの通説的な理解では、輪廻や業報の是非を巡って、木村・赤沼がそれを認め、宇井・和辻がそれを否定、十二支縁起については各支分の継時的な因果を認める木村に対して、宇井・和辻がそれらの論理的因果関係(相依相待関係)を主張したという構図だったと思います。

 

著者の宮崎氏はそれを「皮相な理解」だとして、真の対立点が何だったのかを明らかにしています。その内容については、無明の定義ということになるんですが、木村にとっての無明が、ショーペンハウアーからの影響をモロに受けた生の盲目的意志というもので、その説の背景に大正生命主義があったのではないかという推察が刺激的でした。

 

 

それにしても、これまでの通説的な第一次縁起論争の論点というのが正鵠を射損じたものだったというのはすごく意外でした。やっぱり、自分で読み込んでいかないといけないということですね…。

インド哲学10講

GWにこちらの本を読みました。

 

インド哲学10講 (岩波新書)

インド哲学10講 (岩波新書)

 

インドで、ウッダーラカ・アールニによって、哲学的思考が始められたのが今から2,500年前。この世界のはじまりに何があったのか?それを根本的に成り立たせているものは?そして、その根源的一者と現実の多様な諸事物との関係はどうなっているのか?本書は、そうしたウッダーラカによって提起された問題を軸にして、後のインド哲学諸派がそれをいかに解釈し展開させていくのかをまとめています。その意味で、インド哲学史中のひとつの軸を取り出して、その視点から全体像を捉えられるので、良い見取り図となってくれる本だと思います。逆に言うと、その一つの問題圏の周りをインド人は長い間シツコク思考を重ねてきたわけですよね(^^)

 

 

あとは、著者の赤松先生も書かれてますが、視点をズラすということ。インド文献の場合、スートラ体という、スピノザのエチカやヴィトゲンシュタインの論考のような簡潔な定式の羅列があるだけです。その場合、意味の取り方だったり、結局、どういうことを言ってるのか、飲み込むのに時間がかかります。そこで、視点をズラして、別の視点から考えてみると理解がすっきりしますし、何よりインドというローカル性を超えた、もっと普遍的な哲学の道が拓けてくるんじゃないかと思います。本書でも、井筒俊彦空海道元からフレーゲまでと東西の哲学が援用されてますが、その辺が凄く分かりやすく思いました。

 

 

いやーしかし、最近は岩波文庫で山崎弁栄の本が出たり、ちょっと前にはシュタイナーの本も出ましたが、岩波新書インド哲学史が出るっていうのも、なんかすごいことだなぁと実感してます。

 

こちらはもちろん買いました(^^) じっくり読みたいですね。

 

人生の帰趣 (岩波文庫)

人生の帰趣 (岩波文庫)

 

 

新羅神社と古代の日本

先日、たまたまこちらの本を入手しまして、ぱらぱらっと読んでみました。

 

新羅神社と古代の日本

新羅神社と古代の日本

 

 

日本の神社の成り立ちに深く関わっているといわれている新羅神社は、渡来人である彼らが移り住んできたところに彼らの祖先を祀ったもので、全国各地に点在していまして、本書はそれらを訪ね歩いた紀行文になっています。

 

実は先日、仕事で近江に行ったついでに、近江でもっとも古い神社であり、全国各地にある白髭神社の総本山を訪ねてみました。

 

 

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もともとは比良明神といわれていたらしく、その比良(ヒラ)というのは新羅(シラ)の転化であるといわれてます。そしてそれが白髭になり、そこから比良明神が白髭の老人に化現したという伝承にも繋がっていくようです。

 

 

白髭の他に、新羅を表わす名称は白木、白城、白石、白鬼・・・など様々に変化しているようです。その多くが近くには鉱産物の産地があり、彼らがそれを求めて移動したという説も興味深いのですが、もともとの新羅の成り立ちというのも、よりいっそう興味深いんですよねぇ。

 

ローマ文化王国‐新羅

ローマ文化王国‐新羅

 

 

この本によれば、6世紀初頭以前の新羅は、隣国の高句麗百済とは違って、中国との国交をほとんど持たずに、独自にローマ世界と交流を持って西洋の文化を取り入れていたといいます。本書で紹介されている、6世紀以前の古墳から出土しているローマングラス、装身具、冠帽が何よりもそれを物語っていてかなり衝撃的です。

 

 

神社の成り立ちに関係している新羅、そして、その背後にあるローマ文化。なんか話が壮大になってきて、頭がクラクラとしてきます(笑)。

福岡生命科学で読む西田哲学

こちらの本を読んでみました。

実は発売されたときにすぐ買ったのですが、ざっと読み通してそのまま積読しておりました。ふと気づいて読み直してみたら、かなり面白いので、一気に読んでしまいました。

 

 

本書の冒頭で、福岡先生の動的平衡というのが、以下のように紹介されてます。 

 

私たちの身体はたえまのない合成と分解のさなかにある。今日の私は昨日の私とは異なる。一年もたてば、私は物質的にはすっかり別人になっている。私が食べたものが、一時、私の身体の中で私を作り、また通り抜けていく。お変わりありませんね、ではなく、私たちはお変わりありまくりなのだ。つまり生命は流れの中にある。いや流れそのものであると言っていい。私はこれを動的平衡と呼んでいる。

 

こうした生命の動的な世界の表現と時間論というのが、福岡生命科学と西田哲学両者に共通するポイントになってくるんですが、例えば、西田がいう「絶対矛盾的自己同一」だとか「絶対現在」、「永遠の今」はたまた「過去と未来との矛盾的自己同一」・・・そんな奇天烈なキーワードの数々も、そうした生命論を元にして解説されると、目から鱗が落ちるように理解できるんですねぇ(笑)。そこが本書の最大の特色かなと思います。

 

 

次に面白いと思ったのは、著者の池田先生が、そうした西田の(生命)哲学をピュシス対ロゴスという西洋哲学史の全体像の中にしっかりと位置づけて解説されてるところですね。古代ギリシアに、自然本来のあり方をとらえようというピュシスの立場がまずあって、プラトン以来、その本来のリアルなナマの自然を忘れて、ロゴスの立場によって哲学や科学が構築されてくるわけですが、池田先生によれば、そのピュシスの世界に還れというのが西田の立場になるというのです。

 

 

そうした解説のおかげで、西田哲学が、福岡先生の「動的平衡」や「先回り」という生命理論とシンクロナイズするというのがよく分かります。

 

 

途中、西田哲学のキーワードである「逆対応」を理解するために、喩え話で持ち出した、環境と年輪の話で両先生の理解がすれ違い、読者もまた、その理解をめぐって混乱させられるのですが(笑)、きわめて明快な西田哲学解説書だと思います。

 

 

おかげでこちらの本をまじめに読んでみようという気になりました。挫折しないで読めるか(笑)?

 

 

 

 

神社の起源と古代朝鮮

3月に入り、インフルエンザや花粉症やらで体調がすぐれませんでした。で、回復したらしたで、色々あって慌しくしてました。

 

今月末をもって、博士課程は満期退学になりまして、4月から研究員という身分になります。先日はその手続きで京都の本学に行ってきました。あと3年の猶予期間をもらった感じなので、きちんと計画を立てて、それに沿って進めていきたいと思っています。今年の印仏の発表も申し込んでおきました。

 

 

さて、最近読んだいくつかの本の中から、まずはこちら。

京都学派 (講談社現代新書)

京都学派 (講談社現代新書)

 

 

この本は、京都学派の哲学内容について解説するというのではなく*1、京都学派の戦争責任と、その負の遺産をどう乗り越えるか?という点に絞って話が進みます。結論的にいうと、その答えを新京都学派の上山春平の思想の中に見ていこうとしています。その他にも、高山岩男の『場所的論理と呼応の原理』に対するの評価(レヴィナスの思想との関係性)や、京都学派に対する歯に衣着せぬ批判を展開した高橋里美の哲学の位置付け、そしてパースの哲学を取り入れた上山春平の『日本文明史』などに注目しているところが、すごく参考になりました。

 

 

次にこちら。書店でみかけて、何気なく手にとって読んでみたところ、見事に引き込まれてしまいました。

神社の起源と古代朝鮮 (平凡社新書)

神社の起源と古代朝鮮 (平凡社新書)

 

もともとお稲荷さんや八幡様というのが、渡来人の祀った神であったというのはよくいわれてますが、日本固有の信仰と看做されている神社そのものの成り立ちが古代朝鮮(新羅伽耶系)からの渡来人によってもたらされたものであるというのは結構刺激的な話。実際、敦賀、近江など日本海側には、成立の古い新羅系の神社が多く残っているそうで、著者はそれらを丹念に訪れ、その紀行文をベースに話が展開していきます。

 

渡来人たちは瀬戸内海を経由する畿内よりも、直接日本海側に上陸して、様々な技術、とりわけ金属の精錬技術を伝えたのではないかと著者は見ています。新羅系神社の近くには必ず鉱脈がありますが、上陸した彼らは、当時の金に比すべき鉄を求めて未開発の倭の国を東漸していき、そこに彼らの古俗に従ったシャーマニズム的な祠を建て、それが神社の起源になったのではないか、という話です。面白いのは、神社の原始形態である、社殿のない森だけの聖地というのが日本海側、とりわけ朝鮮に近い壱岐対馬に存在しているという事実。それについては、著者の三部作のこちらの本の話になってくるんですが・・・。

 

原始の神社をもとめて―日本・琉球・済州島 (平凡社新書)

原始の神社をもとめて―日本・琉球・済州島 (平凡社新書)

 

 

 結局、三部作全部買ってしまったという・・・。

 

伊勢と出雲: 韓神(からかみ)と鉄 (平凡社新書)
 

 

出雲へは、以前松江で印仏学会があったときに足を伸ばしましたが、今度はゆっくりと行ってみたいものですね。

*1:それについては、『日本の哲学をよむ: 「無」の思想の系譜 (ちくま学芸文庫)』などを参照するのが手っ取り早い。

縄文の思想

こちらの本を読みました。 

縄文の思想 (講談社現代新書)

縄文の思想 (講談社現代新書)

 

本書では、アイヌと古代海民とのあいだで、共通する神話、世界観が見られることに注目し、なぜそうした神話が見られるのかという疑問を説くかたちで話が進んでいきます。はじめに、本州各地の海民が北海道を訪れ、アイヌの祖先集団と交流していただろうということを考古学的な調査結果を踏まえて解説されています。初めて知りましたが、九州西海岸、西日本各地でアイヌ語地名が色濃く残っていることがアイヌ語研究者によって指摘されているんですね。

 

次に、そうした縄文性を強く留めていた古代海民、アイヌ、南島の人々の世界観・他界観を解説し、共通する神話の世界の内容に入っていきます。それは、海の神が死者である山の女神を訪ねる他界往還伝説なんですが、そうした内容は列島各地の修験者が伝える内容でもあり、あるいは折口信夫の「まれびと」とも繋がり、正月に読んだ『世界神話学入門』とも関連してくるもので興味深かったです。

 

本書の中でさらっと触れられてますが、季節を定めて海からやってきた神が、山を模したかのような超高層の神殿の神のもとへ往還するという古代出雲大社も、縄文の思想で読み解くことができるんじゃないかとか、あるいは、スサノオこそ海民のイメージを象徴したもので、縄文的なるもののをよく現わした「前古代」のイメージだったのではないかなど、随所に発見がありました。

 

古代海民のネットワークに注目することで、朝鮮半島、南島、サハリン、そして大陸沿海州がダイレクトに繋がってきますし、網野善彦の海民史観とも関連づけられて、縄文を視点とした列島史の読み換えの可能性を示してくれて、面白く読ませてもらいました。