大乗起信論のテキスト

現在、『大乗起信論』を読んでいるんですが、基本的なテキストとしては、真諦訳・実叉難陀訳ともに大正蔵に収録されておりますが、岩波文庫版の宇井伯壽訳註『大乗起信論』を使っております(新刊としては、入手不可のようですが・・・)。そちらは高麗本、また諸注釈書中に引用された本文、その他の諸本を校合した上で、書き下し文と解説、そして現代語訳がついたものです。この他に、真諦訳と実叉難陀訳の両訳を対比した『両訳対照 内容分科・大乗起信論』等もあります。また、現代語訳も、岩波文庫以外に、筑摩・世界古典文学全集『仏典Ⅱ』をはじめとして種々刊行されております。参考書の類もたくさんありますが、平川彰氏の『仏典講座・大乗起信論』と高崎直道氏の『大乗起信論を読む』がわかりやすく、私のような初心者向けといったところです。

テキストとは別に、起信論には、古来、いろいろと注釈本がありまして、代表的なものがいわゆる「起信の三疏」といわれるものです。浄影寺・慧遠の『大乗起信論義疏』、新羅・元暁の『大乗起信論疏』、賢首大師・法蔵の『大乗起信論義記』です。起信論本文と、それら注釈本の該当箇所が同時に記載されている会本という形の便利なものが大正時代に刊行された『佛教大系』本にありますので、起信論を読むには、一応そちらを参照しなければなりません。全部漢字で、頭が痛くなってくるんですが・・・。起信論は、そうした注釈書の(とりわけ華厳宗・第三祖である法蔵の)解釈にしたがって、従来読まれてきたという背景があります。古来そうした解釈が正統とされてきたわけですから、それらには謙虚に従いつつも、起信論自体が言っていることと、それら注釈書が言っていることとは一応区別して考えなければいけないとも思われます。