人為よりも天意

昨日のサンスクリット中級の中の話から。

サンスクリットの特徴として、抽象概念がよく用いられるようです。また、人称名詞(行為主体)が主語として明示されない、というのもあります。これは、インド人が個物・特殊性よりも、普遍性の方を重んじることと関係があるようです。例えば、中村元先生の『インド人の思惟方法』の中で、例として挙げられているもので、次のようなものがあります。

日本語で「彼は歳をとる」、英語で言えば、「He becomes old」、ドイツ語で言えば、「Er wird alt」・・・・となりますが、これらはみんな「彼」という人間が主語になってますし、現象のレベルで言葉が用いられてます。これに対して、サンスクリットの場合は、「vṛdhatām gacchati」(直訳すれば、「彼が老いた状態に赴く」)になるようです。「vṛddhatām」は、「老い」を意味する名詞(vṛddha)に「tā」という抽象名詞を作る語尾をつけたもので、その目的格になってます。ここには「彼」という行為主体である人称名詞はなく、動詞の3人称単数形のなかに含められているわけです。

このように、人称名詞が表記されないというのと、具体的・現象的なレベルよりも、抽象的・普遍的なレベルで表現される傾向はあるようです。こういうのにちなんで、先生はサンスクリットにおいては、「人為よりも天意の方が優先される」と仰ってました。

中村先生の本が仕事場にありましたので、パラパラと見てますが、きちんと読んでみたいですね。

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