原典主義とか

【送料無料】般若心経早速購入してみました。『般若心経』に関する“最新の研究成果”をふまえた…ということで、ナティエ氏の般若心経・偽経説についても触れられてます。そもそも、“偽経”という言葉には、唯一の固定的原典を正統とするというような含意があって、般若心経のように、梵本だけでも二つの系統があり、数百年にわたって多様に改編・増広・翻訳がなされてきたお経にとっては、唯一の原典を正統とするというのではすまないところがあろうかと思います。当然、伝播した先々で、求める人の願いとか信仰に応じて、経典は変化したのでしょうし、ブッダの教えの名の下に大乗経典として言説化されたのでしょうから、“偽経”というので価値を損なうということにはならないわけです。

しかし、そう考えると原典主義というのも、結構厄介な問題のように思えてきます。ともすれば、安易な仏教原理主義に陥るということにもなりかねませんし…。

仏教原理主義といえば、例えば仏教の普遍的な真理として縁起説を挙げることがよくあります。だけど、ゴータマ・ブッダ自身の言説に一番近いとされる『スッタニパータ』最古層において、実は縁起(paTiccasamuppāda)というのがそんなに明確には出てこないという皮肉な事実もあったりする。そんなことからも、仏教ではそもそも原理主義というのは成り立たないわけで…、逆に“偽経”というのは、その出自が明確な大乗経典の正典なんだと考えることもできるんですねぇ。

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