夏枯れ…

関東地方は例年より早めに梅雨明けで、今週は連日30℃超です。古書会館の往復の自転車もキビしくなってきました。そういえば、昨日の市会には、哲学書・理工書の口が大量に出ておりましたが、そんな中に隠れるようにしてインド関係の洋書が一まとめにされて1点だけ出てました。よく見てみると、南条・ケルン本梵文法華経など有名な本ばかりじゃないですか。にもかかわらず、入札封筒は空っぽでしたので、安く買わせてもらいました(笑)。一般の方にはsaddharmapuṇḍarīka sutraって背表紙に書いてあっても何のこっちゃ?となるわけでしょうけど、こういうのを拾うことができるのも市会に出る利点です。しかし、よく考えると別に買わなくてもいいものを買ってしまうことにもなるわけで、諸刃の剣なんですが(笑)。梅雨明けして、店は早くも夏枯れの様相を呈してきましたから、売れないのに買うなという声もどこからか聞こえてきそうです…。今日は店頭で持ち込みの買取も1件。三友健容『アビダルマディーパの研究』など仏教書の新本数冊。


勉強の方は、仏教文化のレポートに取り掛かる。浄土教の来迎図についてなんですが、早速参考文献を図書館に送本申し込みしておきました。集中して早めに切り上げたい、です。そして、懸案のキルケゴール法然については、キルケゴール研究者による下記の本を注文する。


キェルケゴールと日本の仏教・哲学

キェルケゴールと日本の仏教・哲学

目次を見ますと、参考になるのは、一部分だけのような気もしますが。

1 キェルケゴールと日本の仏教(キェルケゴール法然―宗教的人間観の形成
 キェルケゴール親鸞における絶対他者啓示信仰の普遍性
 「同時性」と「自然」―キェルケゴール親鸞
 自己生成の論理―親鸞キェルケゴール
 キェルケゴールと禅の教え―宗教の新しい可能性を求めて
 キェルケゴールと鈴木禅学―2つの「非」)
2 キェルケゴールと日本の哲学(西田幾多郎の著作に現われたキェルケゴール
 西田哲学とキェルケゴール―「行為的直観」の問題をめぐって
 田辺元の「懴悔道としての哲学」とキェルケゴールの実存思想
 三木清キェルケゴール
 キェルケゴールと三土興三―和辻哲郎とのかかわりを基軸に
 キェルケゴール滝沢克己
 日本に於けるキェルケゴール受容史)
3 翻訳その他(キェルケゴールは仏教と対比し得るか
 永遠の孤独―キェルケゴールと禅における芸術と宗教
 マハヤナ・クリスチアニティ)