心と身体,自然

入門 哲学としての仏教 (講談社現代新書)以前買っておいて、読むのを忘れてたのを最近読みました。個人的に面白いなと思ったのは、「自然について−自己と環境の哲学」の部分でしょうか。そこでは、竹村先生のご専門のひとつである唯識思想の自然観を基にして、天台宗の「草木国土、悉皆成仏」や空海の自然界との関係について論じられてます。唯識では自然環境も自己であるといいます。それはアーラヤ識の中に身体や環境が維持されているからですが、つまりは、心と身体・環境というのが結びついているからなんでしょう。唯識というと、心のみを偏重するように思われがちですが、身体のあり方(あるいは自然環境)というのは重要な問題です。たとえば、唯識で安危同一というのも、そうした心と身体が一体であるのを表わしていますし、奢摩他というのが身軽安と心軽安を引き起こすと言われるのも、そういうことなのでしょう。禅定の実践では身体のあり方というのが重要になってくるというわけですね。


心の中に自然がある以上、自然は心を離れないことになり、自然の中に心(や仏性)があることになると言います。そうした論理で、天台の草木国土悉皆成仏と唯識との間に共通の基盤を見出すことができるのですが、考えてみれば同じ大乗仏教ということで、空性に基いた“自他不二”というのがあるのでしょう。その辺の話の展開は面白く読ませてもらいました。


竹村先生といえば、講談社現代新書『はじめての禅』を増補改訂した、こちらが出たようです。

禅のこころ―その詩と哲学 (ちくま学芸文庫)

禅のこころ―その詩と哲学 (ちくま学芸文庫)