古本屋の研究日誌

古本屋として働きながら博士号を取得するまでの軌跡

ある先生の蔵書

うちの店は以前目録を出していた時があります。出す度に必ずご注文をいただく方が何人かいらっしゃいましたが、その先生もそうでした。ある時、お電話で私に、自分が亡くなったら本を全部買い取ってもらえないかと、お聞きになられたことがありました。その時は、またご冗談を…と軽い気持ちでお聞きしていたのですが、しばらくして先生の訃報を耳にした時は、言葉を失いました。


実際に本を買い取らせていただいたのですが、ご蔵書にはすべて蔵書印と結構書込みがありました。一般的に、書込みや蔵書印というのは、本の価値を下げる要因となるもので、古本屋からは嫌われる傾向があります。しかし、必ずしもそうとは言えないものです。その先生の蔵書自体は古本としては売りやすいもの(所謂古典的な名著とその研究書)ばかりでしたので、一点一点丹念に値付けして、ネットと店頭で販売してきました。店頭では学生さんが、その蔵書印を見て驚き、書込みがあっても、あの先生のならば・・・とむしろ喜んで買い求めていきます。つまり、その先生の蔵書の場合、蔵書印と書き込みはその本にむしろ付加価値を与え、その本を売る小店にも恩恵をもたらしてくれたように思います。あそこに行けば、あの先生の本が買える・・・と。


ようやく、その蔵書の本も一通りは出し切りまして、最後に出そうと思っていたものも今日学生さんが喜んで買われていき、古本屋としての役目を果たせたのかなと何だかホッとしています。その先生の蔵書が次の世代の若い研究者の方たちへ読み継がれていくならば、古本屋としてこれに勝る喜びはないでしょう。電子書籍の時代になって、こうしたことが少なくなるのは寂しいことですが・・・。


この本を見て、何となく、そうしたことを思いました。