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刹那滅!

仏教

連続をめぐる哲学―流れ・瞬間・同一性先日、たまたま店に入荷したこちらの本の中に、谷貞志先生による「刹那滅の哲学−瞬間的存在と連続−」というのを見つけました。たまたま開いて読んでみたのですが、ついつい引き込まれて店番しながら読んでしまう…。

刹那滅とは、文字通り、瞬間的に存在がなくなってしまうこと。絶対的な今以外には、なにも存在しない。その「今」に後続しているように見える、「私」とか「世界」というのは、概念によって構想された虚構なもの、というわけです。

したがって、「私」というのが持続して、その行きつく果てに死を迎え、「私」が消滅するというのもあり得ず、「私」はすでに死んでいることになるわけですね!刹那滅によれば、われら凡夫が死に対して抱く憂い、恐れというのも、もともと存在しないものに対する苦悩となってしまうようです。うーん。すばらしい論理だ!

「私」というのの同一性がまずあって、成長や老いという外見上の性質だけが変化していくという考え方は、時間の直線的な観念とも繋がるわけで、永続的な自己というのがないように、過去から現在、未来へと直線的に続く時間というのも否定されることになるんでしょうね。

存在は時間の中にあるのではなく、存在することが、そのまま時間的であることなのだ。


ともかく、日常的な常識を覆すラディカルな刹那滅への入門篇として、この谷先生の論文?はお薦めだと思います。実は、この本、佛大・通信のテキストをもとに作られたものなんですよね。


無限論の教室 (講談社現代新書)

無限論の教室 (講談社現代新書)


時間と自我

時間と自我

これらとも繋がってくるようです。