読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

梵暦

忘れられた仏教天文学先日こちらの本をざっと読みました。

江戸時代の後期、仏教的な宇宙観と最新の科学的知見をすり合わせ、両者を総合して、仏教天文学(=梵暦)を築いた、普門円通の業績に関する本です。仏教の宇宙観は須弥山世界ですが、これはいわばブッダの“天眼”によって見られた世界(円通の表現では「展象」)。人間の肉眼ではそのすべてを認識できませんが、それは日常的、経験的な世界(「縮象」)としても機能するように、近代以前では宗教と科学は一体でした。地動説の流入によって、両者は分離していくことになるわけですが、円通の梵暦運動を通して、そうした伝統的な知の枠組みがどのように変化していくのか?その一端が分かるようで、興味深い1冊でした。


円通は、宗教的真理と科学的知識とを分け、「展象」は肉眼では認識できないけれども、「縮象」は梵暦という科学によって実証可能な世界であるといいます。そうして、須弥山儀縮象儀が作られ、仏教の宇宙観と天文学が折衷化されるのですが、「展象」に対しても自然科学的な説明がなされていくにつれ、平面的な須弥山世界は顧みられなくなり、やがては忘れられたものとなってしまう運命にありました。ブッダの天眼によって宇宙の果てまで見通された世界が正しいのか?宇宙の果てに関する自然科学の説明が正しいのか?科学崇拝という言葉もあるように、科学というのが宗教的真理と一体的となってしまったと言えないこともないですが…。


ともかく、本書によれば、宗教的真理と科学とを分けるなど、円通という人は近代を先取りしていて、明治以後に花開く近代仏教への先駆者として考えられ、評価されるべきところも多いようです。ご関心ある方は、下記のものが参考になります。視実等象儀なんかも面白いですねぇ…。


・忘れられた「仏教天文学」 : 梵暦運動と「近代」