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日本で哲学するということ

哲学

哲学の現場 日本で考えるということこちらの本を買いまして、ちょうど半分くらい読みました。日本の哲学というと、明治以来100年以上の伝統があるわけですが、そこには西洋哲学に見られない独自の発想・展開があって、そこを出発点にしてテツガクしていこうという内容。西田、田辺、和辻といった大御所だけでなく、清沢満之大拙、漱石、らいてう、熊楠、柳田、丸山真男と、通常哲学者とはみなされない人たちも取り上げられてます。それは、彼らの中に独自のテツガクの試みがあるからで、彼らの思想をきっかけとして、西洋哲学との対比もしながら、あれこれ考えてみようという感じです。


著者自身も本書の最後にお書きになってますが、いわゆる(西洋)哲学を専門にやってる人には、こういうのって、あまりいい感じに受け取られないだろうと思います。でも、哲学って、基本、西洋ローカルのものですけど、それを日本人が日本でやることの意味とか、西洋以外の伝統も当然ありますし、逆にそういうの含めてやらないと面白くないと思うんですね(あくまでも個人的な話)。私はこういうの結構好きで、だからこそ仏教やってるんだ!というのもあるんですが…。

恐らく本書は、哲学の専門家と称する人たちからは無視されるか、冷笑されるであろう。本書の本当の価値が明らかになるには、もしかしたら数十年かかるかもしれないし、あるいは忘却されたまま打ち棄てられるかもしれない。それはそれで仕方ないことだ。確かに本書は大雑把なスケッチであり、厳密な学術書として十分に書き込まれているとはいえない。しかし、本書で提示したような問題が無視されたら、今後の哲学はとても哲学と言えないようなシロモノに堕し、もはや坐して衰亡を待つだけのもにしかならないであろう。それは断言できる。