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大乗起信論と革命思想

先日、たまたまこちらの講座の資料を読ませていただく機会がありました。近代日本、東アジアにおいて『大乗起信論』がいかに受容されていったのかがよくわかるもので、非常に面白く読ませていただきました。特に、ナショナリズムの道具として使われ、中国や朝鮮で革命思想と結びついていくというところなど、興味深かったです。

なぜ革命思想家が『起信論』を読むかといえば、アーラヤ識と如来蔵が同じ一つの心だと説く同書が、革命思想にぴったりだということなんでしょう。アーラヤ識は輪廻の悪玉、つまり歴史を堕落させるものであるのに対して、空性、如来蔵は社会や歴史を浄化させる。人間の心がアーラヤ識のみであるのではなく、その二つが一つに合わさったのものだとするその立場は、堕落した現実を革新する理論的根拠として使われるのは容易なことなのかもしれませんね。とりわけ西洋文明が流入してきた際に、それに抗するナショナリズムの拠り所という側面も大きかったようです。そういえば、アメリカ・ビートニク禅に影響を与えたのも大拙英訳の『起信論』でした。

実は私も、仏教を勉強してみようと思いたったのは、『起信論』それも井筒先生の本に触発されたのがきっかけで、卒論は『起信論』でした(^^;;卒論を書いてから、もう大分経ちますが、その間に研究も大分進んできてるようです。かつては、インドで作られたものなのか、中国で撰述されたのか、大きな論争になりましたが、最近はそれとは別の視点から考えられてきてるんですね。つまり、インドの僧侶が中国に来て講義したものを弟子がまとめたとか、そういう可能性の方が高いのではないか?と。あと真諦の訳というのもないらしい。そして、『起信論』の作者であるとされている馬鳴の『サウンダラナンダ』と初期瑜伽行派の文献である『瑜伽師地論』「声聞地」に関係性が見られるというのも近年になって出された新しい知見です。

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そういえば、最近インド関連の本が入荷しましたが、その中に、ジョンストン本も入ってました。