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忘れられた仏教哲学者

北山淳友という方をご存知でしょうか?ネットを検索しても、Wikipediaに記載もなく、現代では知る人ぞ知るという感じの、いわば忘れられた仏教哲学者です。

1902年に静岡県内の浄土宗のお寺に生まれ、宗教大学(大正大学)で望月信亨、荻原雲来に学び、1924年の卒業後、ドイツ・フライブルク大学に留学して、フッサールの下で哲学を、エルンスト・ロイマンの下で印度学・梵文学を学びます。1927年にはハイデルベルク大学に移り、ヤスパースの下、1930年に『仏教と形而上学*1としてまとめられる博士論文を出します。その中には、梵文・唯識二十論の独訳(ドイツ語での初訳)が含まれていて、それが彼の名をドイツに知らしめることになるのです。その翻訳の書評が、権威ある“Kant-Studien”という雑誌に掲載されます*2。時代的には、リッケルト、ハイデッガーヤスパース…と重なりますから、彼らもその独訳を読んだでしょうし、ドイツ哲学界に唯識思想が紹介されたのは彼の功績によるものなのです。ヤスパースは、後に(1957年)『偉大なる哲学者たち』(『Die Grossen Philosophen』)という大作を出しますが、ヤスパースに仏教を紹介し、世界哲学史の構想を抱かせたのは北山の影響だったようです。

考えてみれば、シルヴァン・レヴィによって、ネパールで発見された『二十論』の梵文写本は、1925年に校訂テキストが刊行され、1932年にレヴィ自身による仏訳が出ますが、北山は1930年に博士論文を出していますから、レヴィの仏訳が出る前に独訳していたことになります。彼の後に、『二十論』を独訳するFrauwallnerも(当然)北山訳は見ていて、『Die Philosophie des Buddhismus』(初版:1956年)巻末のBibliographieに記載しています。その辺の書誌情報についてはこちらを参照ください。

で、その『二十論』の独訳ですが、私自身、本文を見てないので何ともいえませんが、伝聞情報によれば、ハイデッガーの“Dasein(現存在)”など、当時のドイツ哲学の用語を使った、かなり独特な“哲学書”になっているようです。いわば、現象学、実存哲学、解釈学が興っていた当時のドイツ思想界の潮流の中で解釈された唯識思想だといえるのかもしれません。実証的な文献学という方法も当然知っていた彼が、どのような意図で、そうした哲学的な叙述をしたのか?伝統的な教学とのズレはどんな意味をもっているのか?いろいろと気になります。彼自身の著作が出まわっていない現状では、何ともしがたい感じですので、早く復刊、和訳されることを望みます。彼の著作はすべてドイツ語ですが、1冊だけ邦訳されています。

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この中には、藤本浄彦先生による「北山淳友論 : 孤高の仏教哲学者 北山淳友(マールブルク時代を中心に)」と峰島旭雄先生の「現代の比較思想家 北山淳友」という論考が掲載されてます。

あとは、こちらの中には「北山淳友の阿頼耶識論」があり、参考になります。というか、これを見て、今ここを書いてます…(^^;現象学と唯識ということで、この本自体は難易度が高く、私は全然読み切れてませんが…。
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他には、チェコで柔道の指導者をした関係で、そっち方面では知名度が高いようで、Wikipediaのチェコ語版は詳細な記述がありますしこんなサイトも見つけました。渡独以来一度も日本に戻ることなく、異国の地で目覚ましい活躍をされた仏教哲学者の名はもっと知られるべきだと思うのですが、いかがでしょうか。

*1:現題は“Metaphysik des Buddhismus: Versuch einer philosophischen Interpretation der Lehre Vasubandhus und seiner Schule”で、1934年にKohlhammer社から出版されます。

*2:Kant-Studien Band40.Jahrgang,1935