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漱石とインド哲学

今年の印仏学会の案内が届きました。実は私も発表の申し込みをしたのですが、応募者多数ということで、叶いませんでした…。


今年のパネル発表、「インド仏教研究の未来―ポスト平川彰時代の仏教学のゆくえ」がやはり人気でしょうか。Zimmermann先生、佐々木先生、松田先生、下田先生の興味深い発表がありますね。



さて、自分の勉強の方は、近頃は専らこちらを読んでました。


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そんな折、その方面の研究者の方の蔵書が市場に出たので、おもわず買ってしまったり。しかも、インド本(苦笑)。

個人的には参考になることが多そう。(一応)整理が追いついてないという理由で、ストックしています^_^;

しかし、この分野、英語とドイツ語は必須ですね。


ついでに、ネットを検索していたら、こちらを発見し、買ってしまいました。結構珍しいんじゃないかと思いつつ…。

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ドイツ語を勉強しながら、読まなきゃなりませんな^_^;


サーンキヤといえば、こちらを前から読みたいと思っていたので、ついでに買ってしまいました。


漱石文学の思想 (第2部)

漱石文学の思想 (第2部)


漱石サーンキヤを読んでいたというのは、本当だとしたら驚くべきところです。一応、漢訳としては六世紀に真諦訳の『金七十論』が出てますし、江戸時代にはそれに対する註釈書も作られています。大学時代は井の哲こと、井上哲次郎の印度哲学史講義に出てはいたようで、ヴェーダの講義に関する聴講ノートも漱石文庫に保存されているんだとか。あとは、同僚に姉崎正治がいて、彼からいろいろ仕込まれたというのも大きいのかもしれませんね。それに、イギリス留学経験もある漱石なら洋書で何らかの本を読んでいた可能性もあるのでしょうか。『吾輩は猫である』の登場人物・八木独仙のモデルは、ドイツのインド学者ドイッセンであった!?という説もあります。姉崎は彼の弟子にあたるわけです*1


仏教思想だけでなく、インド哲学までも取り入れていた!というのは正直驚きますが、本書の最後を、今西先生は次のように結んでいます。

真摯な思索者は単に西洋の新しい文化の吸収のみに専念したのではなく、絶えず東洋の古典と突合せながら模索を続けていた。漱石作品の検討を通じてこの問題を少しでも解明するとともに、それによって東洋文化の現代的意義を再認識する機縁とすることが出来ればというのが、著者の念願である。

サーンキヤ頌については、こちらが読みやすいと思います。しかし、最近は新刊では品切れとなっているようですが…。それに、こちらの本の帯にも「漱石が憧れたサーンキヤ」とありますね…。



ともかく、『草枕』をじっくりと読んでみたい気になりました。いろいろな読み方が出来るんですねぇ。

*1:

漱石の『猫』とニーチェ―稀代の哲学者に震撼した近代日本の知性たち

漱石の『猫』とニーチェ―稀代の哲学者に震撼した近代日本の知性たち