古本屋の研究日誌

古本屋として働きながら博士号を取得するまでの軌跡

ん−日本語最後の謎

ん―日本語最後の謎に挑む (新潮新書)先日発売された『ん−日本語最後の謎』を読んでみました。それにしても、通勤電車内・新書読書記録の様相が更に濃くなってきつつある本ブログですが(苦笑)、本業の勉強こそ身を入れてやらなければならないとは思いつつも、ついつい買ってしまうんですよね。仏教の重い本を持ち出し、難しい論文を読むよりは、量と内容が程よく調和した新書は電車内で読むのに最適ですからね。いかんいかんとは思いつつも…。


さて、本書によれば、日本には古来、「ん」という表記はなかったようです。『古事記』には「ん」という仮名は一箇所も振られてないそうです。「ん」が生まれる前は、「ん」の代わりに「レ」とか「二」とか「イ」などの仮名が振られてたようですが、「ん」という発音自体がなかったというわけではないでしょうね?そもそも和歌では「ん」などの撥音や濁音は敬遠され清音だけで作られるそうですから、そういう意味で仮名にも「ん」がなかったといえるのかもしれませんね。


ともかく、「ん」の仮名が表記される現存最古の文典は1058年に書かれた『法華経』だそうで、その後平家物語や今昔物語などの仏教説話を取り入れたものなどに、濁音や撥音の仮名がどんどん現れるようになるといいます。ま、漢文を訓読するとどうしても「ん」は出てくるわけですが、あとは仏教の世界観の影響も大きいんだと思います。空海の『吽字義』では、吽字がサンスクリットの4つの音の合成で、密教の深い宗教性を表わしていることが示されるようで、「ん」という字が生まれる背景には、そういう文字の宗教性というのも関係しているのでしょうか?阿字観で宇宙の始まりの瞬間を体験し、吽字観で再び宇宙が収縮していくことを瞑想する。それが、50音図で「ア」からはじまり「ン」で終わるというのと文字通り対応するわけですから、何とも面白いところですね。


いずれにしても、本書は「ん」という一字から日本文化の成り立ちや、サンスクリットとの浅からぬ(!?)関係性をもうかがい知ることもできるという面白い1冊だと思います。カタカナの「ン」はサンスクリットのアヌナーシカから来たのではないか?との説もあったりするんだとか。