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インド土着思想 vs. ギリシア哲学

5月はいろいろイベントが目白押しで、少し忙しくしておりました。やっと一息ついたところに、中間発表会の案内も来まして、勉強しなくてはまずいなぁというムードが高まってきた今日この頃です。休学中も来るんですねぇ。いっそのこと研究費補助も出していただけるとなお嬉しいのですが…(笑)。

さて、ちょっと前にこういうのを見て、またこういうことも書いたりしましたが、それ以来、楞伽経とスリランカ(ランカー島)との関連を考えております。しかし、梵文テキストを読む限り、普通の梵語として読めますし、ドラヴィダ語との関連は全く分かりません。別にドラヴィダ語について勉強したわけじゃなくて、こういうのを見ただけなんですが。文法というより、韻律なんかを調べてみる必要があるのかもしれませんね。

一説によると、楞伽経は、ランカー島における無畏山寺の、大乗を信奉する僧侶たちによって、411年~435年の間に作られたとも言われてます。実際、魔王ラーヴァナが世尊をランカー島に招いて教えを請うという序章の経典への取り入れられ方をみると、スリランカとの関連は疑いえないところです。岩本訳の解説を読むと、ラーマーヤナも南インドで成立した可能性があるといわれてますし、また、南インドでは魔王ラーヴァナが好意的に受け入れられてるなんていうのを聞くと、楞伽経との関連も視野に入れる必要があるのかなと、色々とアイデアは広がります。


考えてみれば、初期大乗経典である八千頌般若の古層は南インドで編纂されたといいますし、龍樹も南インド出身といわれてます。そして、善財童子がガンダヴューハで歴訪するのは南インド一帯でした。南インドの般若思想に対して、インド北西部に勢力を持ったのは説一切有部ですが、そこはギリシア系の思想とも交流があった地域であり、ギリシア哲学に影響されてかはわかりませんが、分析的な思考傾向が強いです。般若・空思想とアビダルマ哲学との対立の背景に、インド土着思想 vs.ギリシア哲学という構図が読み取れたら、それはそれで面白いのですが…。

それはともかくとして、ラーマーヤナは新訳が出ましたので、読んでみたいなと思ってます。インド版の英訳はよく見ますが、やっぱり日本語で読みたいですよね(笑)。

新訳 ラーマーヤナ (1) (東洋文庫)

新訳 ラーマーヤナ (1) (東洋文庫)