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仏教・言語ゲーム

最近は通勤電車内読書の感想レポートと化しつつある本ブログですが(笑)、まだまだ懲りずに、7月に出た橋爪先生によるヴィトゲンシュタイン言語ゲーム入門書を読んでみました。


はじめての言語ゲーム (講談社現代新書)橋爪先生の本は、『はじめての構造主義 (講談社現代新書)』を18歳の時読んだ以来かも。この本では、ヴィトゲンシュタインの簡単な伝記に始まって『論考』、そして言語ゲームとかなり分かりやすく書かれてまして、最後は仏教や本居宣長へも波及してます。


ベケットの戯曲『ゴドーを待ちながら』(参照)を例に、人を待ってるとその待ち人が実在してきてしまう。仏教でいえば、「覚り」を望む人がいれば「覚り」というのが実在してしまう。「覚り」が実在するから「覚り」を目指すのではなく、「覚り」を求めるから「覚り」が実在するのだ、というわけです。

言語ゲームを実行していると、その言語ゲームの前提が実在し始める。

釈尊は悟ったけども亡くなってしまい、経典を読んでも「覚り」について明確に規定してるわけでもなく、誰も「覚り」がどんなものかを知らないわけですが、皆それを目指して努力しているというのは、仏教の言語ゲームに他ならないのでしょう。

仏教の言説戦略

仏教の言説戦略

こちらの本は読んだことないですが、同じような感じの本なんでしょう。