古本屋の研究日誌

古本屋として働きながら博士号を取得するまでの軌跡

ヤスパース・ルネサンス

今年はヤスパースという哲学者がひそかに注目を集めそうです。ドイツ本国で初めての全集(Karl Jaspers Gesamtausgabe)が刊行されるからですが、その日本語版もそのうち出る計画があるようです。ヤスパースというと、今どれだけ読まれているのかよく分かりませんが、個人的には結構注目してます。一般的には、実存哲学という範疇に括られますが、それのみならず、インド学者ハインリッヒ・ツィンマーとも交流を持ち、仏教やインド哲学(特にシャンカラ)から大きな影響を受けて、それらを自らの哲学に取り入れ、哲学の世界史というのを構想しているからです。そのキーワードである「包括者」にインド哲学からの影響を見てとれますし、「マーヤー」などの用語も見受けられます*1


これまで彼の邦訳著作は、理想社から昭4、50年代に選集が刊行されてますが、それも最近はあまり見ることがなくなりました。この選集、全37巻ということですが、揃っているのを見たことはありません。特に最後の方の巻は見ないですね。入門書や解説書の類いも多くはありません。ただ、彼の『哲学入門 (新潮文庫)』は昭和29年に出て以降版を重ねてますし、それなりに読まれてるのだと思います。入門とはいっても、「包括者」「限界状況」など独特なキーワードが挿入されてますので、ヤスパースによる「哲学入門」というのが相応しいかと思います。今回の全集を機に新しくいろいろ出て来て欲しいとは思っていましたが、そんな中、こちらの本が出ましたので、早速購入しました。

ヤスパース入門 (シリーズ・古典転生)

ヤスパース入門 (シリーズ・古典転生)

ヤスパースルネサンス」と帯文にはあります。同時代のハイデガーなどと比べてしまうと、人気という点ではその陰に隠れてしまいがちですが、「西洋哲学の黄昏から世界哲学の夜明けへ」と視野を広げ、「科学とも宗教とも異なる独自の知的実践を追及しつづけた」哲学者の新たな入門書に期待です。


本の売れ行きは鈍いですが、今後、より注目が集まることを期待してます!

*1:その辺は『ヤスパースの存在論―比較思想的研究』に詳しいです。この本は、ヤスパースとインドの関わりに焦点を当ててます。

バガヴァッド・ギーター詳解

バガヴァッド・ギーター詳解出たばかりのこちらを早速購入。買ってもすぐに読むというわけではないのですが・・・。全18章700の詩節を全訳。構成としてはまずは各和訳があって、それぞれの詩節に対する解説が続きます。この解説部分と、「現代人にもわかる明解な言葉で」というのが本書の特色といえるでしょう。これまで出ていたものは、服部訳、宇野訳、辻訳、鎧訳、上村訳、田中訳など各種あります。それぞれ趣向が異なってますので、一概に比較するのもどうかとも思いますが、パラパラとめくって目に付いたのですと、例えば、「叡知」(ブッディ)、「真知」(ジュニャーナ)、「放棄」(サンニヤーサ)、「善性要素」(サットヴァ)、「暗性要素」(タマス)・・・などの語が目に入りました。各訳の特色、その先にある原意を味わいながら、これからじっくりと読んでみようと思います。

こうした翻訳にまつわる例として、ヘーゲルの『精神現象学』がよく引き合いに出されます。専門家なら金子武蔵訳を手元に置きたいでしょうが、日本語として読むなら長谷川宏訳でしょう。ギーターだったらどうでしょう??辻先生のは読んだことないのですが、鎧先生のは註記や韻律への配慮など専門家向けという感じですが、訳が独特ですよね!上村先生のは読みやすいですし、『バガヴァッド・ギーターの世界―ヒンドゥー教の救済 (ちくま学芸文庫)』とセットで読めるので、最も広く読まれてると思います。などと思っていたら、すでにその辺を比較されているこちらを発見。「鎧淳先生は松尾芭蕉」というのは言い得て妙かと思いますが(笑)!?、それはさておき、今回新しく出たものは、当然この辺を全て消化した上での新訳ということになるんでしょうが、ざっと見た限りでは、上村先生のに近く、ヘーゲルでいえば長谷川訳だと思います。


あと、こちらも買っておきました。ちょうど一年前に出ていたものですが、歴史と教理内容がコンパクトにまとまってる便利な本。

ランカーの場所についての諸説

龍樹と龍猛と菩提達磨の源流 サータヴァーハナ王朝・パーンドゥ王朝・ボーディ王朝ランカーの場所については、今までここで触れてきましたが、先日こちらの本を書店で見かけ、立ち読みしているとその辺について結構触れられていましたので、購入して飛ばし飛ばし読んでみました。この本は佐々井氏の口述をもとに書かれているので、註記が全くなく、参考文献等が示されていないのですが、その辺は自分で調べて参考にさせていただきました。

ランカーの場所をめぐっては諸説紛々といった感じですが、ともかく、「ランカー≠セイロン島」と考える研究者は多いようです。

佐々井氏の説ですが、氏はランカーを町というよりも国・地域として考えているようで、それはヴィンディヤ山脈以南の中部インドであり、その中心部がナグプール周辺地帯じゃないかというもの。氏の言う、ヴィンディヤ山脈以北をブラフマ・ヴァラタ(国)あるいはアーリヤ・ヴァラタ、そして以南をランカー・ヴァラタと呼ばれていたという指摘は、興味深いところです。その説に従えば、「ランカーに入る」という経典名も、原住民が住む(差別的なニュアンスも込められた)地域へ入るということを意味することになってきます。アマラカンタカをランカーとしている研究者もいますが、佐々井氏はそれ以南一帯をランカー国とみているようです。


この他にも、例えば、ゴーダヴァリー盆地説やモルディブ説などもあって、真偽の程はよく分かりません。セイロン島でないとすれば、中~南インドにかけての可能性が高いということなんでしょうが、ともかく、そこにおける上座部教団、それも保守派からみれば割と自由な、例えばヒンドゥー教とも融合したような大乗上座部、そこに所属する僧侶たちが楞伽経の作者といえるのではないか?一応、現段階における(個人的な)結論としてはそうなります。

The Geographical Dictionary: Ancient and Early Medieval India

The Geographical Dictionary: Ancient and Early Medieval India

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インドのイム

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すっかり忘れていたこちらの展覧会。展示の様子はこちらでも見れます。行きそびれてしまいましたので、図録だけでもと思い、購入してみました。同時期にやっていた他の展示は、うちの店にもポスターやチラシ等がきたり、他でも見かけることもありましたが、こちらは目立たずひっそりという感じだったように思います。そのせいにするわけではありませんが、完全に失念しておりました。ポスター自体は、結構インパクトあるのですが・・・。どう見てもインドのイムって読めてしまうのはさておき(笑)。

 

アジア最古の総合博物館で、古代インド美術のコレクションも有名だとされるコルカタ博物館。イギリス統治時代の名残があるその洋風建築も見所の一つにはなってると思いますが、何といってもバールフット・ストゥーパの欄楯を復元したギャラリーがあるというのが最大の見所でしょう。カニンガムによって19世紀に発見されたその遺跡は、豊富な銘文資料を持つことでも有名。その銘文(寄進銘)から、在家者だけでなく出家者も積極的にストゥーパの造営に関与していたこと、女性からの寄進も結構あったこと、地元以外からも寄進が多くあったことなど、当時の仏教教団の実態も明らかになり、興味深いところ。

 

本展示の図録には、「バールフット インド古代仏教美術のあけぼの」(小泉恵英 氏)という論説も収録されてますので、参考になります。

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インド(1)   世界美術大全集 東洋編13

インド(1) 世界美術大全集 東洋編13

 

 

 

インド仏教碑銘の研究 (1)

インド仏教碑銘の研究 (1)

 

 

スリランカの大乗仏教

発売されたばかりのこちらを入手。発売当初はAmazonはじめネットでは一時的に在庫切れとなっていて、注文出来ませんでした。そんな折、ふと日本の古本屋で検索してみると、あるではないですか!しかも新本同様!!というわけで、即注文。あっという間に手元に届きました。

スリランカの大乗仏教 文献・碑文・美術による解明

スリランカの大乗仏教 文献・碑文・美術による解明

部分的には論文のコピーで読んでいたのもあったのですが、関心を持っていたところでしたので買ってしまいました。スリランカ大乗仏教というと、以前スリランカ展で見た二万五千頌般若経の黄金板断簡を思い出します。全体として黄金の板100フォリオ以上にもなっただろうと考えられるものが作られた当時は、紛れもなく大乗仏教の国だったのでしょうが、まだまだわからないことが多いテーマです。スリランカ大乗仏教がどんな形態だったのかというのは、そのままインド大乗仏教がどういう形態だったのかを解明する手がかりにもなりそうなんで、興味を持ってます。


ちなみに、9月に高野山で開催される印仏学会では、その辺に関係することで発表してまいります。内容としては、楞伽経の韻律を調べた結果として、その作者が上座部教団の僧侶だったといえるのではないか?というものです。スリランカ上座部だとすると、無畏山寺派(アバヤギリ派)ということになるのですが、果たしてランカーをセイロン島と見ていいのかイマイチよく分からないので、その辺に疑問は残るのですが、ともかくご意見ご批判をお待ちしております。プログラムはこちらです。

チベット語の般若心経

先日、ここをご覧いただいたという方から、店に電話がありました。そのRockwellの本を入手したいそうなんですが、品切れになっているようで、入手困難な状況であると。調べてみますと、確かにamazonではOut of Printとなっていて、古書の検索サイトで見てもヒットしません。版元のサイトを見ると、まだありそうな感じにも見えるのですが、どうなんでしょうか?


チベット語といえば、ちょっと前にこちらの本が出ました。護国寺に移ってからのカワチェンでやっていた講座の書籍化。行きたいとは思ってたのですが、仕事もあって行けなかったので、本になって喜んでおります。

チベット語の般若心経―対訳と解説

チベット語の般若心経―対訳と解説

本文と対訳、逐語解説があり、とりあえず文法を一通り終わらせた方なら、独力で読めるような感じになってます。それだけでなく、チベット語の文字と発音、助詞についても説明があり、これからチベット語を学ぼうとされる方が手に取れるような計らいもされてます。さらに、六道輪廻図の解説や複数の速度で朗読したのを収録したCDも付いてます。詳しくはこちらをご参照ください。

同じような趣旨のサンスクリット版としてはこちらが出てますね。

サンスクリット入門 般若心経を梵語原典で読んでみる   アスカカルチャー

サンスクリット入門 般若心経を梵語原典で読んでみる アスカカルチャー

こちらの本は、和訳・英訳、チベット訳の諸訳を対照して意味を考えているところもあって、興味深い点もあります。明日香出版というと実用書・ビジネス書のイメージが強いので、どうなのかなと思って手に取ると、なかなかどうして結構本格的な本だったのを覚えてます。ビジネス書のコーナーに置かれてることが多かったですが、その棚からはかなり異彩を放っているのを見たものでした(笑)。


梵文の南条ミューラー本は最近はもうオンデマンド本で流布しております。現代語訳は、中村・紀野訳『般若心経・金剛般若経 (岩波文庫)』、金岡秀友訳『般若心経 (講談社学術文庫)』、渡辺照宏訳(世界の大思想2-2仏典)、立川武蔵訳(『般若心経の新しい読み方』)をはじめいろいろ出てますが、このチベット訳と照らし合わせてみるのも面白いと思います。梵文の方は、正規のサンスクリットとしてはちょっとおかしいところもあり、初学者がいきなり読むのはどうかとも思いますが、チベット訳を参照して読むと理解も進むというものです。そういう意味では、上記のチベット語の対訳本は、一般向けに画期的な本といえるでしょう。

比較思想と逆さ日本図

f:id:furuhon-ya:20150619172129j:plain:w150:right先日は、東洋大学比較思想学会がありました。すぐ近くでしたので、行ってみようかと思いましたが、いろいろとやらなきゃいけないことが目白押しだったので、今回は(今回も?)パスしてしまいました。残念。個人的には非常に興味がある学会で、いずれは私もそういう場で発表ができるような研究が出来れば・・・と夢想してますが、まずは目の前のことを片付けてから、ということになってしまいますね。今やってることの先がなかなか見えてこないという状況では、何とも・・・(苦笑)。比較思想学会といえば、偶々こちらの本を持ってます。20年くらい前に出た本で、その時点での欧米、アジアにおける比較思想の三十年の軌跡ということで、結構なボリュームです。比較思想学会の設立の経緯をはじめ様々な裏話も散りばめられてます。比較思想といいますと、東西の哲学、両者に通じる必要があってハードルは高いですし、それぞれの分野の研究者からは敬遠されがちなジャンルではあるのですが、『比較思想論 (岩波全書セレクション[I])』とともにその魅力を伝える1冊ではあると思います。


さて、最近、近代日本哲学関連の入門書をいくつか入手したので、読んでました。

入門 近代日本思想史 (ちくま学芸文庫)

入門 近代日本思想史 (ちくま学芸文庫)

この本は、教科書スタイルですが、明治の揺籃期から、坂部、広松、大森あたりまで網羅されてます。注目は、1970年代に川田熊太郎、中村元井筒俊彦ら比較哲学の潮流が起こってくるのを思想史的に位置づけている部分。簡潔ながらも大まかな見取り図を得たいという向きにはぴったりですが、現在は品切れのようです。

日本の哲学をよむ: 「無」の思想の系譜 (ちくま学芸文庫)

日本の哲学をよむ: 「無」の思想の系譜 (ちくま学芸文庫)

こちらは以前出ていたちくま新書版に「田辺元」を増補したものなので、新たに購入。科学哲学からマラルメまでと、かなり幅広い田辺の業績を簡潔にまとめ上げるというのは結構キビシイなというのが率直な感想。そろそろ新しい全集が出てきそうな予感を持ってますが、どうなんでしょう・・・。以前は結構な古書価が付いていた全集の価格が下がってきたのも、そういう感覚があるからなのかもしれません。

清沢満之が歩んだ道

清沢満之が歩んだ道

こちらは非常に読みやすい清沢満之入門書。西田の絶対矛盾的自己同一の背景に清沢がいるというのは聞いたことありますが、西田哲学への影響など興味深く読ませていただきました。

哲学の現場 日本で考えるということ

哲学の現場 日本で考えるということ

あと、こちらは再読。自分が仏教をやってるせいか、やっぱり面白いこの本。再読してもその感は強くなりました。頷きながら、読めてしまう。まさに中村先生がいうところの、東洋と西洋が同じ土俵に立って議論をすればいいじゃないかというような本だと思います。そういう意味で、比較哲学の可能性と示唆に満ちていると思います。

日本哲学原論序説: 拡散する京都学派

日本哲学原論序説: 拡散する京都学派

最後に、出たばかりのこちら。買ったばかりでまだ読んでないのですが、書き下ろしの序章と終章にまずは眼を通す。終章の「日本哲学の多元性へ」で、網野善彦が示した逆さ日本図が転載されていたのが印象に残りました。この図から見えてくるのは、日本が孤島というよりもアリューシャン・千島からフィリピンにかけての環太平洋の連鎖する島であることと、アジア大陸の突端に位置して大陸から押し寄せてきたた文化の最果ての地だということ。この図は、そうしたハイブリッドな日本哲学を考えさせるに十分なものに思われました。