古本屋の研究日誌

古本屋として働きながら博士号を取得するまでの軌跡

読書中

レポート最終試験も何とかなりそうで、これからボチボチと修論・計画書の手直しについて考えてみたいと思います。そのために、先行の諸論文を図書館に複写依頼し、いろいろ取り寄せて読書中です。母校・図書館に自分で行ってコピーすればいいんですが、ま、いろいろ面倒なんで、結局いつも佛大にお願いしちゃってます。1枚30円ですので、コピー代だけで3千円とかになるとさすがに考えてしまいますが…(笑)。

しかし、“『楞伽経』の唯識思想史上の位置づけ”というようなテーマを先日ちょろっと書きましたが、といって、そんな大それたことをできるわけでもなく…と妙に弱気な感じにもなってる今日この頃です(笑)。難しい問題として、例えば世親との前後関係ひとつをとっても、よく分からないというのがあります。もっとも、世親にしたって4世紀か5世紀か幅がありますが、ともかく『楞伽経』は世親以前とするのが自然な感じです。しかし、『唯識三十頌』の第二十偈、二十八偈とほぼ同じ内容が『楞伽経』に出てくるという問題もある。世親以前とすると、その二十偈、二十八偈は『楞伽経』の創説ということになるのか?創説とまで言わなくても、両者に共通の源泉があるのか?

他にも、転変とか八識説など、世親以前とするにはどうよ?という問題もあります。まぁ、どっちがどうと言えないという状況ですが、こういう悩ましい状況をまずは整理し、その上で問題点と自分なりの着眼点を見い出したいというところです…。