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台湾版

5月に入ってからブログの更新頻度も落ち気味でした。ちょっと忙しかったというのもあるんですが、頭の中は修論のことでいっぱいだったというのもあり、ネタに乏しかったんですね…(笑)。その進捗状況ですが、ボチボチといったところです。とりあえず、今までの疑問点を整理して、6月には京都に行って、先生の面接指導を受ける予定です。草稿は6月中に全体の半分くらいは終わらせるつもり。で、夏場に踏ん張って、残りを…という心積もりなんですが、どうなりましょうか。『楞伽経』は「聖智事分別自性と名づける法門」という異名があるように、至る所に「自覚聖智の境界」というのが出てきます。その「境界」とは何かといえば、円成実性であり、真如、法性であるということなんですが、それがどういう性格なのか、そして唯識思想史にどのように位置づけられるのか?その辺をシツコク考えていました。一応、自分なりの結論は出たのですが、果たしてそれは首肯できるものなのか?先生に聞いてもらおうというところです。


仕事の方は、洋書会大市も終わって、通常に戻りました。店のブログにも書いたのですが、昨日の市会には大正蔵や国訳一切経など仏教書が大量に出るという事前の触込みがあって、いくつか買わせていただきました。大正蔵はいわゆる背革装の豪華版でしたが、革装の部分が劣化しており、状態はあまりいいものではありませんでした。普及版で状態がいいのなら…と思っていたので、それはパス。どういうわけか、図像部の12冊のみ台湾・新文豊版で、そちらは悪い状態でもなく、安くすれば売れるかな…と思い、それなりの入札をしたら、落札できました。大蔵経以外は、全て禅宗関係。おそらくその筋のお寺さん?が手放されたのでしょう。気になるものを幾つか入札し、落札できました。今日になって現物を取ってきてチェック。そういえば、インド古典叢書の『摂大乗論』(上・下)も入手できました。それは結構高く買ってしまうことになり、売値も上がらざるを得ないところ。薄利多売という話をしたばかりなんですが…(苦笑)。アマゾンのレビューにもありますが、中途半端に唯識の解説書を読むより、長尾先生による詳解な解説があるこの本をじっくり読んだ方が、はるかに勉強になるように思います。唯識研究における金字塔とでも言うべき名著、早く復刊してくれ〜

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