チベット仏教説話と進化論

今週は古典会の大市があったため、古書会館の洋書会はお休み。そのため、神保町へは行かず店にずっとおりました。勉強の方は、相変わらずレポートとチベット語で手一杯。通勤電車の中で本を読んで、構想を練り、帰宅してからレポートを書くということの繰り返し。チベット語の勉強は、自分で訳していって先生に見ていただくという感じです。受講生が除々に減ってきた感じで、マンツーマンに近い状態で教えていただけるという、恵まれた環境になってきました(笑)。

今読んでるものは、仏教説話として結構面白いです。あらすじとしては、大体こんな感じです。

インドの船乗りが暴風で難破して、羅刹女の住む島へ運ばれるんですが、羅刹女が見目麗しい乙女に変身して、船乗りたちを献身的に介抱するわけです。そして、結婚して子供をもうけ、幸せに暮らします。しかし、後になって実は羅刹女であることに気付き、ゆくゆくは彼女たちに食べられてしまうことを知ってしまった船乗りのリーダーは、そこから脱出しようと仲間たちを説得します。何でも、満月の夜に観音菩薩が巨大な馬の王に化身して空からやってきて、その背中に全員を乗せ、彼らの故郷に連れてってくれるというのです。

しかし、いざ馬の王の背中に乗って飛び立つわけですが、(本性が羅刹女であるにせよ)見目麗しい女との幸せな結婚生活、そして子供など諸々の「愛欲」に対する執着があるがため、リーダー以外は馬の背中からみんな落ちていってしまうのです。

ここでは、船乗りたちが羅刹女との幸せな生活から逃れるということと、輪廻から解脱することとが重ね合わせられてます。それは、例えば、船乗りたちが、島から脱出して「自由になる」(thar ba)というくだりがありますが、そのthar baという言葉は、仏教用語で言えば「解脱」を意味しているわけで、その辺はさすがに仏教説話ということなんでしょうねぇ。



かくして、たくさんの船乗りの中でたった一人しか解脱することはできなかった訳ですが、話はその後、猿と羅刹女のチベット民族起源の神話へと続いていきます。しかし、一国の創造神話で猿が起源としてあるというのは、こういうのを読んだりすると、すごいことなのかなって思ったりしてしまいますねぇ。


極東ブログ-日本人と進化論


それにしても、あのダーウィンの遥か前に、人類の起源が猿だったというのが分かっていたというのでしょうか!?