古本屋の研究日誌

古本屋として働きながら博士号を取得するまでの軌跡

仏教論争

気づけばもう6月も終わりですねー。

 

印仏研には、去年に続いて発表の申し込みをしましたが、またも不採択でした…(^^;;というわけで、大学の紀要に申し込もうかと思ってます。

 

さて、最近読んだ本で面白かったのはこちら。

 

仏教論争 (ちくま新書)

仏教論争 (ちくま新書)

 

 縁起について論じられた、木村泰賢、和辻哲郎、宇井伯寿、赤沼智善らによる戦前の第一次論争、そして、戦後の三枝充悳、舟橋一哉、宮地廓慧らによる第二次論争について、その内容を丹念に追ってます。なかでも、第一次論争について、その論争の本質がこれまで通説的に理解されてきたポイントからは違うところにあるんじゃないかという点を明らかにしているところが面白かったです。

 

ざっくりいって、これまでの通説的な理解では、輪廻や業報の是非を巡って、木村・赤沼がそれを認め、宇井・和辻がそれを否定、十二支縁起については各支分の継時的な因果を認める木村に対して、宇井・和辻がそれらの論理的因果関係(相依相待関係)を主張したという構図だったと思います。

 

著者の宮崎氏はそれを「皮相な理解」だとして、真の対立点が何だったのかを明らかにしています。その内容については、無明の定義ということになるんですが、木村にとっての無明が、ショーペンハウアーからの影響をモロに受けた生の盲目的意志というもので、その説の背景に大正生命主義があったのではないかという推察が刺激的でした。

 

 

それにしても、これまでの通説的な第一次縁起論争の論点というのが正鵠を射損じたものだったというのはすごく意外でした。やっぱり、自分で読み込んでいかないといけないということですね…。